ある日、1通の手紙が届いた。
手紙なんて珍しいと思ったが、手にとった瞬間にハッとした。
この真っ白な封筒、そして見覚えのある文字で書かれた宛先。
一目で誰からの手紙かわかった。記憶が呼び起こされる…昔付き合ってた彼女からの手紙だ。
大学時代、俺には彼女がいた。
サークルで知り合い、出会った瞬間に一目惚れ。
友達からのサポートもあり、猛プッシュの末、OKの返事をもらえた。
彼女は携帯電話のメールという連絡ツールがある現代にも関わらず手紙をしょっちゅう送ってくる。
「なんで手紙?」
と聞くと
「携帯のメールって気軽に連絡取れすぎてなんか軽い気がしちゃうんだよね!手書きの手紙の方が想いが込められる…そう思わない?」
確かにメールよりも手書きの手紙で送られてきた方が気持ちが伝わるし、嬉しいものだった。
俺も手紙というものが逆に新鮮な気がして、彼女から手紙が届いたら手紙で返事を書いて送る。
そんなやりとりを楽しんだ。
移り行く季節を彼女と共に歩み、俺のキャンパスライフはキラキラと華やいだものとなった。
そして卒業。
お互い就職し、仕事をしながらも彼女との関係は続けていた。
しかし環境の変化が二人の関係を壊していく…。
仕事は思った以上に忙しく休みはほとんどない。
お互いの予定も合わずに会う時間も激減。
たまに会っても仕事の疲れからデートらしいデートもせずダラダラと家で過ごすことが多くなった。
仕事のストレスからちょっとしたことで彼女に八つ当たりをして…。
彼女はそんな俺でも側にいて優しく接してくれていた……しばらくは……。
彼女の誕生日。
俺は仕事の忙しさもあって大切な日を忘れてしまっていた。
その日はたまたま仕事も休みだったので、誕生日とは知らずに彼女を家に呼んでいた。
誕生日を忘れてしまっている俺に対して、彼女はそのことに全く触れずに過ごしていた。
そして時間も過ぎて彼女が帰る準備をはじめた。
俺は
「もう帰るの?」
と聞くと彼女は
「明日仕事早いから…」
といって玄関に向かう…靴を履き玄関を出ようとしたとき、彼女は振り返って俺にこう言った。
「今日は何の日だ?」
俺は
「何の日?なんだっけ?」
というと彼女は“笑顔”で
「もういいよ考えなくって」
といって外に出てしまった。
その瞬間、俺は彼女の誕生日だということを思い出した。
ドアを開け外を見たけどもう姿は見えない。
すぐに携帯に電話をしたけど電波が届かないか電源が入っていないのアナウンス。
その後も何度も電話したけど全然つながらなかった…。
メールで謝ろう…
【今日は誕生日だったね。忘れてしまってごめんね。仕事が忙しくて…今度倍にしてお祝いするから。ほんとにごめんね】
そうメールを打って送信した…がその日は返事がこなかった。
次の日、昼頃にメールがきた。
【誕生日の件は気にしてないから大丈夫だよ。仕事忙しいもんね…今日も忙しいかな?頑張ってね(*^^*)/】
その返信に俺はホッとした……が、ホッとしすぎてしまったのか、結局仕事の忙しさもあって、倍のお祝いもしないままになってしまった…。
それ以降、彼女からの連絡も減って、俺もあまり連絡しなくなってしまった。
誕生日から1ヶ月ほど過ぎた時に、彼女からメールがきた。
【お久しぶり。元気?相変わらず仕事忙しいかな?誕生日のお祝い、首を長くして待ってるよ(^^♪。あんまり待たせるとキリンさんになっちゃう像…あれ?鼻が伸びちゃった(笑)】
俺はそのメールが届く前日に、仕事で大きなミスをしてしまい、その対応に追われてテンパっていたせいもあって、そのメールを見て(それどころじゃない…人の気も知らないで…面倒くさい)と思ってしまった。
その時、俺の心の中で、繋ぎとめていた糸がプチッと切れてしまった…。
とりあえずそのメールは返信せずに無視した…。
その後、仕事のミスの処理も終り、落ち着いたので、彼女にメールした。
【今度の日曜日休めるから会えない?】
彼女から会えるとの返信がきた…
日曜日、私は家の近くの公園で彼女と会った。
しばらく彼女と会話もせずにダラダラと公園を歩いた。
その後ベンチに座り、俺は口を開いた。
「仕事忙しくてお祝いできてなくてごめんね。」
「ううん、平気だよ。メールで催促しちゃった感じになっちゃってこちらこそごめんね。忙しくてそんな余裕ないのわかってるから」
「俺、今ほんと余裕がなくて、ちゃんと付き合うことができない。こんな俺なんかと付き合ってても楽しくないでしょ?」
少し間があった…
「正直いうと楽しくない…」
「だよね。俺もそういう思いをさせってしまっていることに罪悪感を感じて…その気持ちに応えようと思うとそれがまた負担になって…」
「…」
「だから別れた方がお互いのためにいいと思って…」
「…」
「勝手なこといってごめん」
しばらく沈黙が続いた。…のちに彼女が口を開いた。
「私も別れた方がお互いのためにいいと思ってたよ。お互い様だから謝らなくていいよ。じゃあこれでお別れだね。仕事あんまり無理しないでね。」
そう言って立ちあがり、俺の方を見て“笑顔”で「さようなら」と告げ足早に去っていった…
あまりにもあっさりとした彼女の返事に驚いた。
そしてその瞬間、彼女との思い出が走馬灯のように頭を駆け巡った。
咄嗟に俺は立ちあがり彼女を追いかけ呼び止めようとしたが、彼女の力強く歩く後ろ姿に、その気持ちを遮断された…。
(呼び止めてどうする…俺にはもう彼女にかける言葉何てないだろ…彼女も別れた方がいいと思っていたと聞いただろ…自分が出した答えだろ…じゃああとは別々の道を歩き進むだけ…)
そう自分に言い聞かせて心の奥から沸き上がるあるひとつの感情を抑え込んだ…。
それからは仕事に集中し、日々忙しく働いていたが、仕事の忙しさや人間関係のもつれなどから耐えきれなくなり、私は退職した。
そもそも大学を卒業して就職した会社は、知り合いのコネで入った会社で自分のやりたい仕事とは違うものだった。
就職活動から逃げ出して楽な道を選んだ。
その結果、仕事も自分からやってるというよりやらされているという感覚だった…。
やっていても楽しくなく、やりがいもない…ただ必死にやれと言われた仕事をやるだけ…それじゃ気持ちが持つわけがない…今度の就職先は自分のやりたい仕事に就くと決めた。
給料や勤務地などの条件は前の会社よりも良くないが、ここで働きたいと思える会社が見つかった。
そして面接…どうしてもここで働きたいんだという気持ちを前面に押し出しすぎて、面接官に暑苦しい男だと思われたに違いない。
暑苦しさの甲斐もあって?結果は合格。自分のやりたい仕事に就くことができた。
新たな環境に飛び込んだ俺は、全力で仕事に取組んだ。仕事の忙しさは前と同じくらいだが、やりがいがあり、仲間にも恵まれたため、気持ちよく、そして楽しく仕事ができている。
彼女と別れてから3年の月日が流れた。
仕事が終わって家に帰り、ポストを見ると、1通の手紙が届いていた。
手紙なんて珍しいと思ったが、手にとった瞬間にハッとした。
この真っ白な封筒、そして見覚えのある文字で書かれた宛先。
一目で誰からの手紙かわかった。
記憶が呼び起こされる…昔付き合ってた彼女からの手紙だ。
拝啓 お元気ですか?
私は元気です。3年ぶりですね。なんか敬語になっちゃうな(笑)。
当時、仕事すごい忙しそうだったから、別れた後に体とか壊していないか心配だったんだよ。
でも風の噂で、転職して、相変わらず忙しそうにしてるけど前より楽しく仕事してるって聞いたから安心したよ。
私、あの頃全然あなたの力になったり支えたりできなかったからなあ…
この手紙が届いたときビックリしたでしょ!
今あなたに彼女がいて、昔の彼女から手紙きたの見られたら険悪な雰囲気になっちゃうかな(汗)。
そう思ったから手紙書くのどうしようか迷ったけど、どうしても伝えたいことがあったから…。
何かあっても責任はとれません(笑)
伝えたいことというのは、私…結婚することになりました。
そんな話どうだっていい、勝手にしろって怒らせちゃうかもしれないね(汗)
読みたくなければ破り捨てても構いません…でもできれば最後まで読んでもらいたいな…
今の彼から結婚のプロポーズをされたとき、正直に言うと私はあなたのことが頭によぎりました。
あなたと別れたあの日あの場所に、私は忘れ物をしてしまっている気がして…ずっとモヤモヤしてた。
でも忘れ物を取りに行くためにこの手紙を書いたわけではないよ。
今の彼と二人で幸せになろうと決断したので。
あなたに最後のお願いをしたくて手紙を書きました。
絶対に私よりも幸せになってください。
そうすれば、私の忘れ物は、忘れ物ではなくなるので…
わがままいってごめんなさい。
そして最後まで読んでくれてありがとう。
俺は、手紙を呼んで思わず涙が出てしまった。
忘れ物をしたのは俺の方だ…。
別れを告げたあの日、彼女がそれを受け入れた瞬間に沸き上がった感情。
彼女に対する愛。
気づくのが遅すぎた…。
人は特別なことでも、それが日常になってしまったり、慣れてしまうと、当たり前のこと、特別なことではないと錯覚してしまう。
そして失ったあとに、特別なことだったと気づく。
『私、あの頃全然あなたの力になったり支えたりできなかったからなあ…』というのは間違いだ。
俺は最低な人間だった。
仕事の忙しさやプレッシャーから感情がうまくコントロールできず、そのストレスを彼女にぶつけてしまったりしていた…
そんな俺なのに彼女は優しく接してくれたし励ましてくれていた。
そのことが俺にとってどれだけ力になっていて、どれだけ支えになっていたことか。
なぜ俺はそんな大切なことが見えなかったのだろう…。
彼女との様々な思い出が蘇り、心の奥にしまい込んでいた感情が溢れ出してくる…。
何度も何度もその手紙を読み返した。
『絶対に私よりも幸せになってください。』
この言葉の意味…彼女の想いが伝わる…。
今の自分なら…きっと彼女をしっかり愛することができるはず。
彼女を受け止めることができる。きっと……
いや、俺にはもうその資格はない…。
自業自得…。
『今の彼と二人で幸せになろうと決断したので。』
…この言葉が俺の胸を突き刺した。
後悔…もし時間が戻せるならあの日あの場所に忘れ物を取りに行く。
でももう戻れない…前に進むしかない。
翌日、仕事をするも彼女のことばかりを考えてしまう…仕事が手につかない…
そんな俺に見兼ねた上司が声をかけてきた。
「どうした?体調悪いのか?それとも女にフラれたか?」
俺は図星をつかれてギクッとした。
「最近根詰めて仕事してたし、休んでないから疲れてるだろ?
そんなんじゃ仕事してても意味ないし、無理して倒れられても困る!
今日は早退していいから帰って体休めろ!業務命令だ。
その代わり明日には元気になって戻ってこいよ。」
そういって上司は俺の背中をバンっと叩いた。
上司は多分、俺がプライベートで何かあったことを察している…
勘の鋭い人だ。
そして一日やるからスッキリしてこいという粋な計らい…
俺はこの上司を尊敬・信頼している。
上司も俺のことを信頼してくれている。
そんな上司からの優しい業務命令に俺は従うことにした。
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。」
と上司に声をかけ、職場を後にした。
明日には気持ち切り替えて仕事できるようにしないと…
俺は、まっすぐ家に帰った。
そして引き出しにしまった彼女からの手紙を取り出し何度も何度も読み返しては、何度も何度も後悔し自分を責めた。
気が付けば窓の外は日が暮れて夜になっていた。
このままじゃ明日も仕事が手につかない…
どうすればこの気持ちを整理できるのだろう…
彼女に会いたい…
会って今の俺の気持ちを伝えたい…
でも会えない…
もう彼女は今の彼氏と幸せの道を歩んでいる…
俺も別の幸せを見つけるために歩みださないと…
それが彼女の望んでいることだ…
俺は彼女の手紙を読みながら昔の思い出を振り返っていた。
昔は良く手紙交換してたな…
でも気が付いたら手紙のやりとりやめちゃってたな。
いつからだっけ…
仕事して忙しくなったころか…
手書きの手紙は想いを込められる…
それが彼女が手紙を好きな理由だったよな…
そうだ!彼女に手紙で返事を書こう!!
そう思った瞬間に、私は近くのコンビニに便箋と封筒を買いに走った。
返事といってもどう書けばいいか…。
彼女の現在の住所は封筒の裏に書かれていたが、俺と付き合ってたころの住所とは違う。
あの頃は実家暮らしだったけど、今は一人暮らしか、若しくは彼氏と同棲しているか…。
そうすると変なことは書けないよな…。
もし彼氏に読まれたとしても平気なように書かないと。
お久しぶり。
元気だった?俺は相変わらず仕事が忙しいけど、とりあえず元気だよ。
いきなり手紙がきたからビックリしたよ!結婚するんだね。おめでとう!
素敵な人見つかったみたいで良かったね。
俺なんてまだ彼女すらいないよ(泣)早くいい人見つけないとな!
俺も負けないように頑張るぜ!
お幸せに
彼氏に読まれても平気なように当たり障りない文章で、彼女の最後の願いを叶えるために頑張るという気持ちを書いたが…
俺は書いた手紙を破り捨てた。そして今度は自分の気持ちに正直に書いた。
お久しぶり。元気だった?
いきなりの手紙でビックリしたよ!
俺は相変わらず仕事は忙しいけど、今は自分のやりたい仕事に就けたし、やりがいもあって、仲間にも恵まれたから、昔よりも楽しく仕事できてるよ。
あの頃は仕事が忙しくていつも君に辛い思いばかりさせてたね。
違うか…仕事が忙しいっていうのは言い訳。
俺は仕事が忙しいだけで大事なものを見失ってしまった。
自分の未熟さを棚に上げて君に冷たくしてしまった。
ごめん。
結婚するんだね。
でも素直に祝福できないよ。
俺も君と別れたあの日に忘れ物をしてしまってる…
君と離れてしまったことを後悔してる…。
自業自得なのにね。
勝手なこと言ってるよね俺。
わかってる。
ほんとは君から「さようなら」と言われたときに後悔に気づいてたんだ。
でも自分から別れを切り出しといてやっぱりなしなんて言えるわけないから…。
最低でしょ?
こんな俺がどの口でそんなこと言うんだって思われるだろうけど、今の自分ならきっと君をしっかり愛することができる。
君をしっかり受け止めることができる。
できればもう一度やり直すチャンスがほしい。
もう結婚するのにこんなこといっても困らすだけだよね…
ごめんね。
でもどうしても今の気持ちを正直に伝えたくて…
俺は…君が俺よりも幸せになっても忘れ物は忘れ物のままだよ…
ふと時計を見たらもう夜の12時を回ってる。
もうこんな時間だ…。
明日はちゃんと仕事にいかないといけないからもう寝ないと。
俺は手紙を封筒に入れて引き出しにしまった。
手紙に自分の気持ちを書いたことによってほんの少しだけ気持ちが軽くなった。
次の日、会社についたらまず上司のところに行った。
「昨日はお休み頂きましてありがとうございました」
「あんまりスッキリした顔してないけど昨日よりはましになったな。何があったかしらないけど仕事はきっちりこなしてくれよな!」
そういって上司はまた俺の背中バンっと叩いた。
「頑張ります!」
俺は心がモヤモヤしたままだけど上司の期待に応えるべく必死に仕事をした。
そしてどうにか仕事もやり切り、家に帰った。
俺は机に向かい、また彼女からの手紙、そして自分の書いた手紙を読み返した。
まだまだ伝えたいことがいっぱいある…そう呟いてまた手紙に想いを綴った。
それからというもの、毎日手紙を書いては引き出しにしまうということを繰り返している…
永遠にポストに投函することのない手紙…
ただの落書き…
ふと窓の外を見ると景色が色褪せて見える…
俺の時間は止まってしまっているんだ…
次会う時は…生まれ変わった後になっちゃうかな…
その時には俺はもっと心の大きな男になって探しに行くから…
君もちょっとだけわがままになって俺を待っててください…
それが俺の最後のお願いです。
そう書いてまたその手紙を引き出しにしまいこんだ。
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この物語の女性目線(下記事)も併せてご覧くださいρ(._.*)ρ
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